ベリリウム2量体の平衡構造

2018年3月23日公開

はじめに

ベリリウムが2量化したBe2は8個の電子を持つ簡単な化合物ですが,実験的に得られた結合距離を量子化学計算によって求めることは大変困難であることが知られています.これはベリリウムの電子配置が1s22s2であり準閉殻となっているためです.このため,電子相関を十分に取り込んだ計算方法を用いなければ結合距離を正確に計算できません.今回は代表的な単配置,多配置の波動関数法と密度汎関数法によってベリリウム2量体の構造最適化を行ってみました.

結果と考察

構造最適化の結果を表1にまとめます.非相対論計算の基底関数にはcc-pV5Zを,X2Cで相対論効果を考慮した計算の基底関数にはcc-pV5Z-DKを使用しました.

表1:ベリリウム2量体の平衡結合距離Re
方法 Re [Å] 誤差の絶対値
実験値 (ref. 1) 2.4536 -
Hartree-Fock 5.6983 3.2447
BOP 2.4485 0.0051
BOP-D3(BJ) 2.6204 0.1668
TPSS 2.4397 0.0139
TPSS-D3(BJ) 2.5294 0.0758
B3LYP 2.4848 0.0312
B3LYP-D3(BJ) 2.6078 0.1542
PBE0 2.5040 0.0504
PBE0-D3(BJ) 2.5665 0.1129
M06-2X 2.7398 0.2862
MN15 2.8371 0.3835
ωB97M-V 3.0365 0.5829
B2GP-PLYP-D3(BJ) 2.6013 0.1477
DSD-PBEP86-D3(BJ) 2.5944 0.1408
MP2 2.6225 0.1689
SCS-MP2 2.6926 0.2390
CASSCF(8,8) 2.2975 0.1561
CASSCF(8,20) 2.5351 0.0815
CCSD 2.6277 0.1741
CCSD(T) 2.4577 0.0041
X2C-CCSD(T) 2.5000 0.0464

Hartree-Fock法ではBe2の結合を3.2447 Åも過大評価し全く再現できませんでした.

DFTの場合,HF交換を含まない(meta-)GGA汎関数であるBOPとTPSSが正確な結合距離を与えました.とくにBOPは0.0051 Åの誤差で結合距離を予測できています.一方で,Grimmeの分散力補正を加えると結合距離の誤差が大きくなりました.また,比較的新しい汎関数であるM06-2XやMN15,ωB97M-Vでは結合距離をかなり過大評価しています.これらの汎関数はHF交換の比率が高い,もしくは長距離補正汎関数であることから,反発的なHF交換が今回の系の計算では悪影響を与えていると考えられます.

MP2相関を含むダブルハイブリッド汎関数や(SCS-)MP2ではGGA汎関数よりも結合距離の再現が悪い傾向にあります.その中で最も良い値を与えたのはDSD-PBEP86で,0.1408 Åの過大評価に収まっています.また,B2GP-PLYP-D3(BJ)もほぼ同じ程度の誤差に収まっていて,MP2はそれよりもやや悪く0.1689 Å,SCS-MP2は更に悪い0.2390 Åの誤差となりました.

CASSCF(8,8)レベルではMP2よりやや良好な結果を与えていて,0.1561 Åの過小評価に収まっています.活性空間を更に広げたCASSCF(8,20)では,0.0815 Åの過大評価に収まっています.ただし,ここまで活性空間を大きくするくらいだったら後述するCCSD(T)で計算したほうが計算が速いうえに高精度です.

CCSDではMP2よりやや悪い計算結果となりましたが,CCSD(T)の結果は大変よく実験値と一致しており,実験値とわずか0.0041 Åの誤差です.したがって,3電子励起の取り込みが重要であることがわかります.なお,相対論効果をX2Cで考慮した場合には結合長が0.05 Å伸長し,むしろ実験値から離れた結果となってしまいました.

結論

ベリリウム2量体のような非常に簡単な分子でさえ,密度汎関数や電子相関の考慮方法,活性空間のとり方によって大きく結合距離が変化することがわかりました.また,CCSD(T)は量子化学計算のgold standardと言われているだけあり,このような分子でさえ正確な構造を与える,非常に信頼のおける計算手法であると言えます.

計算方法

ダブルハイブリッド汎関数,(SCS-)MP2,CASSCFの計算はORCA 4.0.1.2を用いて行いました.ダブルハイブリッド汎関数以外のDFT,HF,CCSD(T),X2C-CCSD(T)計算はPSI4 1.2a1.dev938を用いて行いました.基底関数には,非相対論計算ではcc-pV5Zを,X2C-CCSD(T)計算ではcc-pV5Z-DKを使用しました.DFT計算では(99,590)のグリッドを使用しました.なお,RIなどの積分近似は使用していません.

参考文献