2016年1月1日公開
2つのベンゼン環が結合したビフェニルは,基底状態では44°程度ねじれた構造をとっていますが,励起状態では平面構造をとることが知られています.これは,励起状態ではキノイド型の共役構造を取るためと考えられます.ビフェニルと同様のビアリール構造である2,2'-ビチオフェン(チオフェン2量体)も同様に基底状態ではねじれた構造をとっていますが,おそらく励起状態では平面構造になることが期待されます.また,ビチオフェンでは硫黄の向きに応じてanti型とsyn型の配座が考えられますが,基底状態,励起状態ではそれぞれどの配座が安定でしょうか.
本稿では,anti型とsyn型の2,2'-ビチオフェンの基底状態,励起状態の構造最適化を行い,そのねじれ(二面角)を求めるとともに,それぞれのエネルギーを比較検討することにしました.
基底状態,励起状態ともにORCA 3.0.3を用い,DFT法で基底状態の構造最適化を,Tamm-Dancoff近似(TDA)を用いたTD-DFT法で励起状態の構造最適化を行いました.用いた密度汎関数はrevPBE38(3/8 = 37.5%のHF交換を含むrevPBE)で,基底関数にはdef2-SVPを用いました.積分グリッドはGrid5とし,RIJCOSX近似を適用してGridX6とNoSFittingを指定し,補助基底関数にdef2-SVP/Jを用いました.得られた構造は振動数計算を行い,平衡構造であることを確認しました.
ORCAではTD-DFT計算を行う場合,%tddftブロックに必要な条件を記述します.今回は以下のように指定しました.
%tddft Triplets false IRoot 1 NRoots 8 TDA true MaxDim 128 end
シングレットの第1励起状態(S1状態)を決定するために8番目までの励起状態を求めるようにしています.また,ORCAではhybrid汎関数でのTD-DFT計算はTDAでしかできないのでTDAをtrueにしています.
表1に基底状態のanti型,syn型2,2'-ビチオフェンの相対エネルギー(ΔE+ZPE)と二面角をまとめます.
配座 | 相対エネルギー (kcal/mol) | 二面角 (°) |
---|---|---|
anti | 0 | 21.72 |
syn | 0.68 | 32.88 |
安定な構造はanti型ですが,その差はわずか0.68 kcal/molです.2つのチオフェン環の二面角(S-C-C-Sの二面角)はanti型で21.72°,syn型で32.88°です.syn型では水素同士の立体障害によってねじれが大きくなっていると考えられます.
続いて励起状態です.蛍光波長もついでに求まるのであわせて表2に示します.
配座 | 相対エネルギー (kcal/mol) | 二面角 (°) | 蛍光波長 (nm) | 振動子強度 |
---|---|---|---|---|
anti | 0 | 0.00 | 309.2 | 0.698 |
syn | 0.56 | 0.06 | 316.8 | 0.605 |
励起状態においても安定な構造はanti型ですが,その差は更に小さくなって0.56 kcal/molになっています.2つのチオフェン環の二面角はanti型では0°,syn型でも0.06°とほぼ0°になっています.anti型では平面構造ですが,syn型では2つのチオフェン環平面がそれぞれS-C-C-Sのなす平面から5.9°折れ曲がった構造になっています.
以上のように,anti型配座の2,2'-ビチオフェンの場合にはビフェニルと同様に励起状態では平面構造となるが,syn型配座の場合は若干湾曲した構造をとることがわかりました.
なお,蛍光波長はsyn型の方が長波長側にシフトし,振動子強度は若干落ちるようです.
今回,2,2'-ビチオフェンの2種類の配座について,(TD-)DFT計算によって基底状態,励起状態における相対エネルギーとねじれ(二面角)を求めました.
revPBE38/def2-SVPレベルの計算の結果,基底状態においてはいずれの配座でもねじれた構造をとっており,anti型よりもsyn型の方が非平面性が高いという結果になりました.しかしながら,エネルギー差はほとんどありませんでした.一方で,励起状態になるとanti型配座では平面構造となり,syn型では僅かに分子全体が湾曲した構造となることがわかりました.また,そのエネルギー差は基底状態よりも小さくなっています.